「地域で出逢う医療人たちとの連携、協働、そして友情のなかにケアマネジメントのさらなる可能性を見る。僕が感動した医療・介護連携エピソード集」
著者:村瀬崇人
「駱駝」永見周子(看護師)
らくだ、だ。これ、本物の駱駝だよ。
僕のスマートフォンに一枚の写真が送られてきた。日本で駱駝に乗れるとしたら確かにここしかないのかもしれない。その写真には、鳥取砂丘で駱駝に乗って凛々しく背筋を伸ばす妙齢の女性、そして、一人の訪問看護師の姿が映っていた。
事情があって子供と離れて暮らしている、末期がんの60代女性。そう紹介されてはじめてその利用者と会った時に僕は奇妙な縁を感じた。似ている。考え方、話しぶり、華やかな生き方、若い時はきっと多くの男女に囲まれて生きてきたのだろう、年齢を重ねてもセンスの良さが衰えていないのが恰好や部屋の様子から伺えた。そういう雰囲気が、どことなく、僕がよく知る一人の看護師とよく似ていた。
―抗がん剤はするつもりはない。最期は楽しくいきたい。
そうきっぱりと言い切った彼女もいざ医師の前に出るとかすかな動揺を見せた。僕はそれは迷いではないと思った。怖いのだ。これほど強く賢い人であっても、いざ死の宣告を受けるとなると恐れから自由ではいられない。
あなたがどんな決断をしても僕はそれを支持する。ケアプランのバターンは複数考えてある。必ず支えきる。自分の気持ちに正直に、決めてくれたらいい。
僕がそう言うと、男はやっぱり頭のいいのがいいと彼女はケラケラと笑い、いよいよ抗がん剤治療を拒否し、緩和ケアを受けながら最期の数か月を自由に生きる道を選んだ。
ナースが必要だった。頭の回転が速くて、バイタリティがあって、勇気がある。そんなナースが必要だった。僕の頭の中には、もう一人しか浮かんでいなかった。
そして彼女たちは出会った。患者と訪問看護師として。その関係はあっというまに発展する。何にせよ、時間がないのだ。余命は半年を切っているのだから。
看護師を連れて、医療用麻薬を持って旅行に行ってくるそうです。先生。よろしいですか?
二人の盛り上がりきった報告を在宅医に伝える。電話の向こうで医師が声を出して笑った。
長い間離れて暮らしていた家族には僕が事情を伝えた。幸い、親子の間にあったわだかまりは時間が和らげてくれていた。娘が、高校生になった孫を連れてきてくれた。
こうして、余命6か月の間を彼女は好きな料理を楽しみ、愛犬と、娘と孫と一緒に過ごし、医師や看護師と冗談を交わし、娘らと看護師を伴って旅行に行き、駱駝に乗ったのだ。
こんな映画、観たことがある。物語が現実になってしまったか。かなわない。このナースにはついにかなわない。僕はそれが、とても愉快だった。
著者:村瀬崇人
主任介護支援専門員、社会福祉士、精神保健福祉士
まごころステーションすくらむ 代表