著者:村瀬崇人


―当たり前の日常が変わっていく。先が見えない不安感が社会を覆っていくような状況のなかで、多くの人が「ソーシャルディスタンス」という言葉を知り、生活のなかで用いるようになった。互いを守るために、それが重要であると


50代女性。脳内出血を発症する前は介護の仕事をしていた。左上下肢に重い麻痺が残ったが、勤勉で前向きな彼女はご家族の支援を受けながらリハビリテーションに取り組み、社会復帰を目指していた。


退院してから500日。リハビリテーションの進捗は緩やかではあるが順調だった。端座位、立位、介助をされながら水平に歩く、ごく小さい段差を乗り越える。
ナースとセラピストのサポートを受けて、彼女は少しずつ、だが確実に、日常生活動作能力を取り戻していた。いつか彼女が自分の足で希望する社会生活に戻れるまで支援を続ける。みんな同じ気持ちで取り組んできた。


『ウイルスの蔓延について、かなり不安に感じているようだ』

先だって、訪問看護師がそう教えてくれていた。連日の報道で事態が相当に深刻であることは誰でもが自覚する。過去に大きな病気をした経験がある人であればその不安はなおさらだろう。出入りするナースやセラピストは出来るだけの注意は払っているが、それでも人が出入りすること自体に変わりはない。どう考えるべきなのかみんなが迷うなかで、自然、みんなで話し合いたい気持ちが強くなるが、そうやって集まること自体が感染拡大のきっかけになるかもしれない、クラスターという言葉が頭をよぎると介護支援専門員としてチームに召集をかけることにもためらいが出る。

『ならばビデオ通話にしよう』と提案したのは僕だった。

本人たちも訪問看護師もすぐに意を察してくれたのでナースの訪問時間に合わせてアプリを起動しビデオをつなぐ。スマートフォンの画面には、普段なら何かあればすぐに訪問に行く見慣れた空間と利用者、家族、ナースが映る。みんな初めての経験、「映像はおかしくない?音は大丈夫?」「あ、えらいアップになってるよ」と笑いが起きる。みんなの笑顔が見える。少し緊張感があった室内が和んできたのが分かる。

直近のリハビリテーションの進捗や体調、現在の生活の状況を聞き取る。ナースに介助を頼み、本人に少し体を動かしてもらう。ナースの意見を得れば簡易な身体機能の評価もできる。一か月程度であれば、家族の援助を受けたセルフトレーニングでも機能維持は出来そうだ。それに、ビデオ通話の扱い方を覚えてもらえたらセラピストが通話でアドバイスをすることも可能だ。

これから一か月だけは感染するかもしれない機会を出来るだけ減らしたいという本人、家族の意向を受けて、一時的に訪問看護とリハビリテーションの支援を休止することにした。休止中の過ごし方や再開に向けた疑問点などいくつかのポイントを確認して面談を終える。

―今夜、令和2年4月7日、大きな発表があると報道されている。僕らの動き方もどう変わるか今の段階では分からないことも多い。でも、つながっている。こうやって、ちゃんと僕らはつながっている。何か困ったことがあったら遠慮なく知らせて。必ずサポートするから。

『ソーシャルディスタンスで、心の距離までは空けないよ』

僕は彼女たちにそう約束した。


著者:村瀬崇人
主任介護支援専門員、社会福祉士、精神保健福祉士
まごころステーションすくらむ 代表

(協力)訪問看護師:前田章子