大阪市西成区を対象とした津波災害における要援護者の避難時間の試算と対応策の検討

ー南海トラフの地震を想定してー
 

 
 

1. はじめに

 災害時要援護者支援においては、東日本大震災以後、内閣府をはじめ各自治体でガイドラインの修正が進められている。東日本大震災において、竹葉ら1)は、障害者の死亡率は全体人口の死亡率の2倍以上になっていると発表している。内閣府では、要援護者に配慮した避難を行うための課題の指摘を受け、2012年10月から「災害時要援護者の避難支援に関する検討会」を設置し、ガイドラインの必要な見直し等の検討を行っている。

その中で、災害時要援護者支援としては、初期の情報伝達、要援護者リストの共有方法、そして避難先での要援護特性に沿った生活支援内容が検討されているが、実際の避難所までの避難に関する検討は少ない。これは支援の内容・支援者の有無など多くの個別事由が存在するため、ガイドラインとして提示しにくい背景があると考えられる。

そのため、本研究では災害初期の要援護者の避難所までの避難について検討した。特に、要援護者の移動に必要な時間と距離から安全な避難時間である「持ち時間(猶予時間)」を検討した。今回は、南海トラフ地震による津波浸水被害を想定として、津波による浸水から要援護者を避難させる方法を検討する。

これにより支援者が要援護者の避難支援のために命の危険にさらされるリスクを軽減する事を目的とする。

2. 西成区の災害時要援護者の避難支援の課題

2.1 西成区の南海トラフ地震の災害想定と被害想定

 内閣府の発表によると、南海トラフの地震の際に津波が西成区に到達する予想時間が地震発生後110分と推計されている。そして、大阪市発表によると、西成区の震度は、震度5強から6弱の広がりをもち、津波浸水想定分布と液状化想定域は、どちらも木津川から内陸へ平均1,063mの地点であった。

津波被害対策としての垂直避難を考える場合、建物の高さが重要となる。南海トラフの地震における津波の浸水想定高は2mであり、命を守るためには2階以上の高さへの避難が必要である。しかしながら、西成区内は3階建て以上の建物が少ない。そのため、高台あるいは津波の浸水に耐えられる場所を特定し、避難場所として地域住民と共有する必要がある。

2.2 西成区の災害時要援護者の課題

西成区は、大阪市内で高齢化率・単身独居率が最も高い地域(高齢化率34.8%、65歳以上単身独居率30.6%)2)であると同時に、要支援要介護認定者及び障害認定者数(以下、「要援護者」と略す)が多い地域である。2012年6月31日現在の西成区人口120,481名のうち、要介護認定者数が11,282名、2010年の障害手帳取得者は14,737名(身体障害手帳11,788名、知的障害手帳1,091名、精神障害手帳1,858名)となっている。また、図1で示すように要援護者は、西成区内の全域に広く生活されている。特に、南海トラフ地震による津波浸水想定域には、2,627人(人口比0.8%)の要援護者が生活している。同時に要援護者の中には単身独居の方も多くいるため、避難には支援者が必要となる。

これらを踏まえ、西成区の要援護者が南海トラフの地震に伴う津波から支援者と共に安全に避難することを可能にするために、①要援護者ごとの避難場所の明確化、②避難にかかる時間、③避難方法、④支援者が避難する時間の4つを明確にしなければならない。

図1:西成区町別要援護者人数と津波浸水域

(2012年6.月31.日時点)

3. 方法

ここでは、ESRI社のArcGISを用いて①最短距離の避難場所の選定、②要援護者の避難想定距離と時間の算出を行う。次に、要援護者の実際の避難時間を計測することによって避難距離と時間を算出し、避難のための「持ち時間(猶予時間)」を算出する。

3.1 最短距離の避難所の測定

西成区内には津波から避難できる避難所として、西成区が指定した「収容避難所」(災害時避難所として指定している建物高3階以上の建物)および「高台避難所」(津波からの避難場所として指定されている建物)がある.本研究ではこれらの避難所に加え,「福祉避難所」として福祉施設を利用する事を想定し,「収容避難所」,「高台避難所」に上記の「福祉避難所」を加えたものを西成区における「避難所」と定義した.

まず,ArcGISを用いてこれらの避難所と要援護者の距離を計測した。その結果,避難所の中心から半径300mの同心円内にほとんどの要援護者および地域住民が含まれることが明らかになった(図2)。この結果から西成区内においては要援護者の避難基準距離を300mと設定することで、効率的な避難計画の立案が可能である事が示唆された。これを踏まえ、本研究ではこの距離に基づいて避難時間、避難支援時間の推定を行うこととした。

図2 避難所から半径300mの距離目安

3.2 要援護者の避難にかかる時間の推計

 要援護者の避難時間の推計方法は基準となる手法が定められていないため、本研究で独自に行った避難行動の分類に基づいて推計式を導出した。

(1)要援護者の「移動速度と時間」の推計

要援護者の移動能力は、年齢、性別、病気及び障害による活動制限が大きく影響する。要援護者の歩行速度については公的な基準が定められていないため、安井ら3)岡田ら4)中央防災会議発表資料5)を参考に表1のように速度基準を設定した。今回は、移動手法に着目し、移動手法別に移動速度の基準を設定する。本研究は、この表に基づいて移動手段に応じた避難距離から移動時間を算出する。

表1:歩行速度と移動時間の推移3)~5)(単位:m/秒)

  成人 高齢者 子供 杖・歩行器
・押し車利用者
電動車いす
利用
速度 1.5 1 1.7 0.8 1.6

(2)要援護者の避難時間の分類

避難時間及び避難支援時間を以下の分類に区分した。

X:要援護者の屋内避難時間

Y:要援護者の屋外避難時間

Z:支援者の移動時間

これにより、要援護者の避難可能時間は、以下の式で表される。

X+Y+Z=110(min)        (1)

 上記のX, Y及びZをより具体的な避難行動として把握するため、詳細な区分を行った。

a) 屋内避難時間の算出

X (屋内避難時間)は、X1(災害情報取得時間)、X2(避難判断時間」、X3(避難準備時間)およびX4(家から出る時間)に区分される。ここで、地震の際の「家財による屋内移動制限リスク」は X4の2倍として定義することとした。これにより、X (屋内避難時間)は以下の式で表される。

X=X1+X2+X3+(2×X4)       (2)

b) 屋外避難時間の算出

Y (屋外避難時間)は、Y1(避難所までの移動時間」およびY2(避難所内安全ポイントへの移動時間)のように区分された。ここで、地震時の避難路の安全性リスクを考えた場合、最短距離だけでなく迂回の必要性も考慮すべきである。そのため、Y1×1.7を「迂回猶予時間を考慮した避難所までの移動時間」と定義した。ここで1.7は迂回猶予係数である。迂回避難猶予係数の算出方法については後述する。これによりY (屋外避難時間)は、以下の式で表される。

Y=(1.7×Y1)+Y2    (3)

c) 支援者の移動時間の算出

Z(支援者の移動時間)は、Z1(支援者の「会社内での支援判断時間」)、Z2(支援者の「要援護者宅への移動時間」)、Z3(支援者の「支援後の帰社移動時間」)のように区分された。これにより、Z (支援者の移動時間)は以下の式で表される。

Z=Z1+Z2+Z3      (4)

今回、Z1「会社内での支援判断時間」は、著者が所属する社会福祉法人白寿会平成24年度災害訓練で実測した支援判断時間23分とした。また、Z2「要援護者宅への移動時間」は著者の事業所から要援護者宅への移動時間を計測し、Z3「支援後の帰社移動時間」は要援護者の避難先から著者の事業所へ移動した時間を計測した。

d) 迂回避難係数の算出

b)で示した「迂回猶予係数」の算出法は以下の通りである。まず、西成区南部の実際の要援護者13名の自宅と最も近い避難所を結ぶ避難路をArcGIS上でそれぞれ抽出した。条件として①通常の避難路の距離、②細街路を外した迂回路避難路を設定し、両者の距離を比較した。この結果、通常避難距離に対する迂回避難距離は約1.7倍であったため、西成区内の迂回猶予係数を1.7とした。

e) 要援護者の避難支援のための猶予時間の計測

上述の通り得られた推計式を用いて、各要援護者の避難距離と避難時間を計測し、南海トラフ地震による津波到達時間の110分から減算することで、避難猶予時間を算出する。上でも述べたとおり避難猶予時間は、X(屋内避難時間)に適応すると考えられるため、避難猶予時間は以下の数式で表される。

X=110-(Y+Z)      (5)

f) 要援護者避難時間及び避難支援時間を計測

要援護者3名の協力のもと、避難実験を行いY及びZを実測した。上述の推定式及び避難実験による実測値により、要援護者の実際の避難可能時間の検証を行う。

4. 結果

4.1 要援護者の避難距離の計測

先に述べたとおり,西成区内の要援護者は、避難所から半径300m以内に居住しているケースが大多数である(図2)。これにより、西成区内の要援護者の避難距離を300mと設定して避難時間の推計を行った。

4.2 避難実験による要援護者の避難時間の計測・猶予時間の算出

3名の西成区内在宅居住要援護者の避難時間の推計手順について、被験者一人一人のケースについて詳述する(表2)。

a) T氏(65歳 女性) 要介護2

一人暮らしのT氏は、脳梗塞のため、左片麻痺を呈している。屋内移動は、手すりと杖を使用し何とか一人で移動できる。

実際の避難行動は、屋内杖歩行にて玄関まで移動し、屋外は車いす介助により移動支援を行った。T氏の通常避難路は、自宅から福祉避難所まで503mであった。

移動条件として杖・押し車利用と同等として算定し、「避難所までの移動時間」の予測時間としてY1=10分29秒とした。

実際の避難訓練で実測を行った結果、表2に示すように、Y1の実測値は5分5秒に半減した。これは、車いす移動を40代健康男性が介助したことによるもので、Y1の値は介助者の移動速度に大きく依存する事が明らかになった。また、Z2は5分48秒(1,249m)であり、Z3は5分0秒(1,633m)であった。これは避難支援者が自転車で移動したため、より速い移動時間となった。これらの実測値を式(5)に代入することで、X の値(避難猶予時間)が110min.-((8分38秒)+(33分48秒))= 67分34秒と算出された。

b) W氏、O氏 兄妹

W氏(84歳 女性)は要支援1であり、O氏(72歳 男性)要支援2である。O氏は脳梗塞があり、軽度左片麻痺がある。W氏は、両膝に変形性膝関節症がある。兄妹とも一人で歩行でき、通常から自分たちで外出している。

兄妹ともY1(避難所までの移動時間)は、8分3秒と推計された。実際の避難訓練で実測を行った結果、Y1の実測値は、W氏は7分10秒、O氏は6分52秒であり、比較的予測値に近い値となった。また、W氏、O氏の居住地は南海トラフの地震による津波の被害が想定されていない地域であるため、避難目的地である避難所は収容避難場所の小学校体育館とした。このため、W氏はY2が1分20秒、O氏は1分8秒のような短時間での避難が可能であった。Z2は6分30秒(1,320m)、Z3は6分0秒(1,076m)となった。

これらより、W氏およびO氏の避難猶予時間は、それぞれ61分59秒、61分42秒と算出された。3名の避難時間計測及び避難距離計測より、3名とも避難猶予時間を60分確保できることが分かった。この時間を避難支援者が有効に活用できれば、要援護者及び避難支援者相互が安全に避難できることにつながるものと思われる。なお、当日は天候・体調ともよく、時間帯も朝であり移動しやすい条件であったため、悪天候等の条件下では今回得られた避難猶予時間より短くなることも想定される。

表2 避難訓練による3名の避難時間実測記録
  T氏 W氏 O氏
Y1 5分5秒 7分10秒 6分52秒
Y1(m/sec.) 1.649 1.123 1.172
Y1×1.7(リスク) 8分38秒 12分11秒 11分40秒
Y2   1分20秒 1分8秒
Z1 23分 23分 23分
Z2 5分48秒 6分30秒 6分30秒
Z3 5分 6分 6分
X(猶予時間) 67分34秒 61分59秒 61分42秒
5. 考察

本研究では西成区の要援護者が南海トラフの地震に伴う津波から支援者と共に安全に避難できるための、①最短距離の避難場所および②避難に費やせる時間(避難猶予時間)の推計を行った。要援護者はその運動能力や認知能力などの状況が様々であるため、実際の避難に必要な時間は人により多少異なると思われるが、本研究によって、西成区における要援護者の避難すべき距離の目安と避難支援のできる「避難猶予時間」の目安を示すことができた。これらの推計値は西成区における要援護者対策立案のための基礎資料となり得る。今後はこの避難猶予時間を要援護者と避難支援者が共有し、その時間内でできる避難方法を考慮した対策の立案に繋げていくことが重要である。

5.1 避難距離の目安(300m)

今回、大阪市指定の収容避難所と高台避難所に福祉避難所を南海トラフの地震による津波からの避難先として追加して設定することで、西成区全域において避難距離の目安を300mとする事ができることが明らかとなった。

この結果から、津波到来までに300mの移動ができれば安全に避難できることが明かとなり、現実的な要援護者避難支援のための計画立案が実現可能になると考えられる。

実際の災害時には液状化・家屋の倒壊などによる道路閉塞のため、避難時に迂回を余儀なくされることもあり得る。そのため、避難距離300mに迂回係数の1.7を乗ずることで、避難最大目安距離を500mとして今後の避難距離を啓発することで、より実際的な対策に結実させることが可能であろう。

5.2 支援者の避難支援時間(猶予時間)

今回避難実験を行った3名の避難距離は避難最大距離の目安である500m近い距離があった。そのため、今回の実験から得られた避難猶予時間は、今後要援護者避難対策を立てる上で最長時間としての有益な目安となりうる。W氏、O氏とも要介護認定の程度自体は要支援という軽度認定であり、歩行も自力で可能であった。避難時間は歩行能力に大きく影響を受けるため、両名のように通常から自立されている場合、表1で示した高齢者の歩行速度に概ね適合することが確認された。歩行速度は、習慣や身体機能にも影響を受けるため、速度の幅を考慮することが必要であるが、自力歩行できる人の場合、概ね今回の算定方法で推定された猶予時間が適応できると考えられる。

ただし、T氏のように車椅子移動の場合は、介助者の移動能力に大きく依存することが判明し、車椅子移動の人の猶予時間の算出は、屋外移動時間の基準を介助者の移動能力で算出することが必要であろう。また、今回得られた最大約60分という避難猶予時間は、南海トラフの地震においては支援者にとって心理的に落ち着いた避難時間として対応可能な時間であり、今回の想定状況を前提とする限り、西成区全域として余裕を持って対応できる持ち時間があることが確認された。要介護認定の中・重度者の車いす利用者は、Y(屋外移動時間)より、X(屋内移動時間)に大きな時間を要すると考えられる。ゆえに、屋内移動時間のX3(避難準備時間)とX4(家から出る時間)を迅速にすることが有効な災害時避難対策となることがわかった。

6. まとめ

 西成区の津波災害における要援護者の避難は、屋内避難時間を猶予時間として約60分確保し、避難距離500m先の避難所へ避難するという一つの指標を提示できた。今後、この結果を関係機関に還元し、地域と共に訓練を行う事によって要援護者及び支援者の安全な避難活動に結びつくものと考える。

【参考文献】

  1. 竹葉勝重、大西一嘉、岡田 尚子、小原 章浩:東日本大震災における災害時要援護者の避難支援の実態に関する研究 東日本大震災特別論文集 No.1, 2012. 8
  2. 数字で見る西成区(平成24年6月版) 大阪市西成区総務課発表
  3. 日本大学理工学部交通土木工学科 安井・今中より(平均歩行速度)
  4. 在宅自立高齢者の要介護、重度化、生命予後を予測する最大歩行速度の検討(岡田・朴・久堀)より
  5. 中央防災会議「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会」より