「僕が感動した医介連携」-Vol.6

「僕が感動した医介連携」-Vol.6


「地域で出逢う医療人たちとの連携、協働、そして友情のなかにケアマネジメントのさらなる可能性を見る。僕が感動した医療・介護連携エピソード集」

著者:村瀬崇人

「看取りのナース」前田章子(保健師、看護師)

最近の話だ。この頃の僕は自信をつけていた。十分に経験を積んできた。困難を共に乗り越えてきた仲間たちも頼もしい。今の僕はもう主任介護支援専門員だ。これからは後輩を導く力もつけなければいけないという自負さえもあった。

―急性リンパ性白血病。予後は一週間未満

医師の説明を家族と一緒に聞いた。それは、青天の霹靂のような診断であった。本人は脳梗塞後遺症による高次脳機能障害と肢体不自由こそあったものの、家族関係も良く十分な介護を受けながら大きな問題なく過ごしていた。サービス付き高齢者住宅に住んでいたが、つい先日、久しぶりに自宅に一泊できたと喜んでいたばかりだ。

動揺、悲嘆、不安、混乱が津波のように家族に襲い掛かる。まだやりたいことがあった。だが、根拠に基づいた医療の宣告は、現実の厳しさをつきつける。

訪問看護師が必要だ。

2年ほど前に出会ったナース。周囲と上手く協調が取れる柔軟さ、患者、家族に対する柔らかい関り、急ぐよりはしっかり考えることを好む、物静かで優しい雰囲気のある人だった。

残された時間はあまりにも短い。家族はホームに泊まり込み、懸命に介護を続ける。みんなまともに眠れていない。それでも、帰って休んだほうがいいとはとても言い出せなかった。今夜が最後かと覚悟した夜にコールは鳴らなかった。もう一晩、越した。ならばいよいよ最後の看護になると意識しながら早朝、僕と彼女は本人と家族が集まるその部屋に入る。

本人の呼吸は浅い。意識は朦朧としているようだ。家族の呼びかけに少し反応する。汗ばんでいた。疼痛を緩和する座薬を最後に入れる。尿はもう出ていない。カテーテルは抜去する。もう僕たちにできることは何もない。やりきった、はずだった。

彼女が唐突に動いた。判断、動きが速い。

『小さいタオルをたくさん、あと温かいお湯を』

居合わせた職員に彼女は用意を急がせた。

物静かで優しい。

違う。これまで見えていなかった一面が見える。それは強い意志と集中の力だ。これから何が起きるのか、僕は予測が出来ていない。理解が、思考が、追いついていない。だが、彼女の眼中に僕はもういない。説明はない。一気に追いていかれる。

彼女はタオルを湯で温めては軽く絞り一つずつ家族に渡していく。妻、長女、次女、孫娘が二人、高校生の男の子が一人、次女の夫が続く。本人の身体を温かいタオルで拭きながら触れ合うことで、永遠に変わらない愛情を確かめあっている。その時間を、このナースが今、つくったのだ。

彼女がほほ笑んだような気がしたが、僕はその表情を確認できなかった。

この時間がどれほど大切な時間なのかを思うと、僕はただそれを、彼女の背中越しに呆然と眺めることしか出来なかったからだ。

僕の「自信」は完膚なきまでに打ち砕かれた。

心が、震えた。いや、全身で驚異的な感動を覚えていた。


著者:村瀬崇人
主任介護支援専門員、社会福祉士、精神保健福祉士
まごころステーションすくらむ 代表